みんなが幸せを感じ 笑顔あふれる元気なまち 水俣
- まこと 吉野
- 2023年3月10日
- 読了時間: 2分
水俣市がかかげる水俣市のまちづくりの目指す将来像です。
とても理想的な将来像です。私もこの将来像を実現するにはどうすれば良いのか
”みんな”の内の 子育て世帯に焦点を当て次のように愚考いたします。
子育て世帯の幸せとは?
1.こどもの幸せ
2.保護者の幸せ
1.こどもの幸せとは?
子どもの幸せは 常に保護者も保育者も考えているつもりですが、子どもの幸せについてじっくり考えた事はなかなか無いのでは無いでしょうか?
幸せは子どもにとっても様々でしょうが、大部分の子どもに共通することは
親が子どもの事を見て喜んでくれたり、微笑んだりしてくれることは子どもにとって幸せだと考えていいのではないか。と子育て支援員、学童支援員の仕事を通じて思う事です。
時と場合によっては親が喜んでイヤな気持ちになる事(自分が喜ぶ場面で親が喜びんで喜びを取られてしまうと感じた時など)はあったりしますが、概ねそうだと考えています。
2.保護者の幸せは?
保護者の幸せは ”子どもの幸せ” はもちろんだと思いますが 子どもの幸せが保護者の幸せと直結していると考えているため、この部分は一度切り離して考えて見ます。
子どもと切り離して考えるとなると社会人の幸せでしょうか。
では社会人の幸せとは?
いち社会人として、社会人の立場としての幸せは やりたい事をやれる。選択肢が沢山ある中から好きなものを選べる。と言う事が幸せと言えるのでは無いでしょうか。
仕事 住むところ 趣味 食べるもの
選択肢が沢山ある中から自分で選んで好きになっていくのと、限られた選択肢の中から好きになっていく事は、自分で自分の事を考えた時に違いを感じる部分かと思います。
そのような考えを経て改めて保護者の幸せを考えた時、
子どもに自分と同じように幸せになって欲しい と思える事が保護者の幸せだと考えられるのかなと考えます。
そこまで考えて一つ疑問が浮かびます。
では、自分のようになって欲しく無い、と思って子どもに一生懸命教育をする人は幸せでないと言うことなのでしょうか?
私はそうは思いません。その一生懸命な教育の過程が子どもにも保護者にも楽しいものであれば、子どもが幸せを感じて、それによって保護者が幸せを感じる結果になったのならば幸せだと言えると思います。
以上が私の考える子どもの幸せと保護者の幸せです。
子どもの幸せは、保護者の幸せ無くてはありえない。
これが基本の考えになっています。